現在の川口市に人が住み始めるようになったのは2万年くらい前といわれています。当時川口市の南部は海面となっており、猿貝貝塚、新郷貝塚、石神貝塚など貝塚も数多く残されています。そのほか旧石器時代にさかのぼる天神山遺跡などもあります。

 

川口市の歴史が本格的に発展するのは江戸時代に入ってから。そのほぼ全域が幕府の直轄領となり代官の支配を受けることになります。そこで灌漑治水が本格的に行われるようになり、見沼溜井や赤堀用水などの施設が作られ農業が発展することになりました。さらに、日光東照宮の造営にあわせて日光御成道が整備されていくなか、川口には将軍の休憩所や問屋場が設けられ発展していくことになりました。

 

さらに幕末から明治になると急速な発展を見せることになります。とくに鋳物産業が盛んになり、明治末期にはおよそ150軒もの鋳物工場が立ち並んでいたといわれています。なお、川口市になったのは昭和8年。当時の川口町と横曽根村、南平柳村、青木村の合併によって誕生しました。

 

さらに昭和15年には芝村と神根村、新郷村を合併。さらに昭和31年には安行村、37年には戸塚を合併し人口・規模ともに埼玉屈指の市となったのでした。その後昭和48年には武蔵野線の開通、平成13年には埼玉高速鉄道の開通など交通の便も向上し、東京とさいたま市をつなぐ地として重要性を高めています。おなじく平成13年には特例市に移行。さらに彩の国中核都市の指定も受けています。発展が著しい埼玉県南部。その中でも中心的な役割を担っていくことが期待されています。